2026SST-WS広報部から、実行委員の皆さんへ以下のインタビューをさせていただきました。SSTへの想いやWSへの意気込みなど…ご覧ください!!
氏名と所属をお聞かせください
土田正一郎 医師
SSTとの出会いと出会ってよかったこと
精神科医になって数年目に何か薬物療法以外の手段を持ちたいなと思う時期があって、認知行動療法なども候補に挙がりましたが、認知行動療法はみんながやっていそうなんで、何も自分がすることないなと思いました。そんな時にSSTの学術集会が確か新宿であって、何気なく参加したのが始まりでした。
調べてみると、2001年12月に新宿の朝日生命ホールで開かれた第6回の学術集会ですね。
出会って良かったことは、ないですね。出会ってなかったらどうなっていたかが分からないので比べようがないです。出会ってないと今のような自分になっていないということが断言できれば、よかったと言えるのですが、残念です。
北海道のオススメ(飲食店・フォトスポット・お土産など)
北海道のお勧めもないですね。すみません。というか、私は30歳まで山口県で生きてきたので、その年代までの行動力と感性で山口県のお勧めを紹介できますが、北海道に来てからは仕事メインで生活していたので、皆さんにお勧めして喜んでもらえるようなことをしていません。
温泉だと、道北の天塩町にある「天塩温泉 夕映え」という温泉が、独特のアンモニア臭で、なぜかここ数年、毎年1回行ってます。あと道南の南茅部にある「ひろめ荘」という温泉はかなり気に入っていて、疲れが溜まったら妻の運転で行っています。私の住んでいる倶知安町から車で3時間以内で行けるし、その温泉は山間の谷間にポツンとホテルが1軒だけあるので、ゆっくりできてお気に入りです。真っ白な硫黄泉が秀逸です。
私は鉄道好きなので、移動はできれば鉄道にしたいと思うタイプです(北海道で生活しながら車は持っていません。妻が持っているのでそれで十分と思っています)。列車に乗ったり、待っていたりするのが苦にならないのは言うまでもなく、ドライブ中に廃線跡を見つけると興奮してしまいます。倶知安町の周辺には、岩内線の線路跡がかろうじてわかるところがあって、かつてここを列車が走っていて、多くの乗客が様々な思いを抱えながら移動していったんだなと空想するとなんだか幸せな気持ちになったりしています。倶知安町から伊達紋別まで繋がっていた胆振線もその痕跡がだんだん草木に覆われていくのを見ると悲しい気持ちになりますが、昭和61年に廃線になる前に乗ることができなかったことを悔しく思ったりします。道北の抜海駅や黒松内町の蕨岱駅は、山口県にいた頃に時刻表の上で旅行していた時から知っていた駅なので、実際にその駅のプラットフォームに立った時の喜びは、きっと誰にも分ってもらえないように思います。人生を終える時に、やり残したことは数多くあるでしょうが、道東の白糠線に乗ることができなかったことはかなり上位に来るでしょう。
お勧めではありません、念のため。
経験交流WSへの意気込み
「意気込み」って難しいですね。大会長の立場なので、多分意気込んでいた方がいいようには思うのですが、自分の人生を振り返ってみると、意気込みと暴走の境界が不鮮明であったことが多かったような記憶しかないです。暴走すると周りに人に迷惑になりますからね。という訳であまり意気込まないように心がけていきたいと思います(実はそう思いながらやっていくくらいがちょうどよいと思っています)。
えっ、大会長がそんなことでいいのかと思われる方へ、以下が続きます。私の目標は、今回の経験交流ワークショップに参加して「来てよかったな」と思って自分の場所に戻って行かれる人が3人くらいいたらいいなと思っています。私の普及活動はそういうイメージでやっているので。大会全体の盛り上がりは、若い実行委員の方々に任せたいと考えています。私は、皆さんがやりたいと思うことには「いいですね」と後押しし、何か困難が発生すれば「困りましたね~」と頭を悩まし、解決策をひねり出すくらいにしておこうかなと思ってます。
4.5時間マラソン大会長講演に関しては、またどこかでその意図を述べる機会があれば語ります。



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